惑う姫君、探す騎士 2
アマンダ&パロット亭、それはドミナの町における唯一の喫茶店であり、食堂でもある。
そのために昼時や夕暮れ、そして夜間には人があふれんばかりに繁盛している様子なのだが、昼過ぎにはその中を静寂が支配している事も珍しくはないという。
そして今、通常時なら静寂が横たわって根を下ろそうとしている時間帯であるのだが、そうはいかなかった。
なぜなら町で有名な“ストーカー騒ぎ”の中心点がこの店の内部に流れ込んできたのだから。
「オイ!」
“ストーカー騒ぎ”の中心点、もとい砂マントの男はこの店でアルバイトをしている罪のないウエイトレスに殺気を光らせつつ絡んでいる。
「俺の相棒を知らないのかと聞いている!!」
砂マントの男はさらに凄みを効かせ、ウエイトレスの少女を問い詰めた。しかし彼女は何も答えない。
もともと無口なのか、それとも怖がっているのかは不明ではあるものの、答えを返す事がない。
「何故黙ってる! 俺を怒らせるな……」
男は顔に青筋を立ててウエイトレスに殺気を浴びせかけ、ウエイトレスは少しずつ後ずさりし、顔を男の目線からそらす。
するとふと入り口のドアが開き、扉上部についたベルが客の来訪を知らせた。しかし彼女は動けない。でも動く必要はなかった。
「おい、そこの砂マント。レイチェルをいじめるなよ」
新たな客、もといランスは砂マントに言う。そして当の砂マントはランスの方へ殺気をたぎらせつつ首を回した。
「取り込み中だ、黙ってろ!」
「嫌だね」
ランスは砂マントのストーキング行為をやめさせようと、砂マントの肩に手をかけた。
「確かにレイチェルを可愛いとは思うよ。でもストーキングなんかしないで正面からしっかりと――」
「何の話をしている!」
ランスのある意味的外れともとれる発言に砂マントは激昂して怒りに近い感情の矛先をランスの方へと変える。
「俺はただ人捜しをしているだけだ! 部外者は黙ってろ!」
「…………」
ランスは砂マントの言うとおり、しばらく黙り込みつつ思考を巡らせる。
……ストーキングと人捜しの関連性、砂マントの男がいきり立つ理由。それに共通項は無くて、結果として砂マントの怒りの導火線に灯油をまいて火をつけたようになっていること。それらを総合すると……。
「おい、砂マント」
「……黙ってろと言っただろう」
砂マントはほんの少し落ち着いた物腰でランスに告げた。手を出すなと言うように。
しかし、ランスはそれを無視して呼びかけ続ける。
「人探してるんだろ?」
「……ああ!」
砂マントは強い口調で肯定する。少しの憤りを込めて。
「身体的特徴は?」
「白いドレスに、長く編んだ髪を垂らしているんだが……お前は見たか?」
「いいや、見てない」
ランスは首を振る。
気付くと砂マントの怒りはいつの間にか収まり、その目は落ち着きを取り戻しているようだ。……ランスはこの男の落ち着いた表情というものを知らないが。
「……う〜ん。俺で良かったら、手伝おうか?」
「何!?」
砂マントは一瞬だけ目を見開いてからすぐに目を細め、懐疑的な視線をランスに投げかける。
「キサマ、……何が目的だ?」
砂マントがあからさまな警戒心を示す中、ランスは余裕綽々といった様子で答えた。
「俺の目的ねぇ。……そうだな、暇つぶしというのが一番適当だな」
「…………」
砂マントはランスが出した答えを認め、懐疑的な視線を注ぎ続ける。
そのまま互いが言葉を交わさずに立ちつくして2分ほど、沈黙が支配する喫茶店の空気が突然引き裂かれる。
「……いいのか?」
「何が?」
「俺たちにかかわ――いや、助かる」
砂マントは懐疑的な視線を止め、改めてランスに視線を向けた。
クセのあるすすけた金髪の、片手剣を剣を携えた男がそこにいる。
そして、その男は軽い口調で語り始めた。
「……んじゃ、そういうことだ。俺はランス、よろしくな!」
「ああ、俺は瑠璃だ」
二人は互いに名を名乗り、軽い握手を交わす。
これにおいて、ドミナにおけるストーカー事件は解決に終わったわけであり、同時に新たな問題をランスは抱えることになった。……ある意味嵐を呼ぶ男である。その中、
「……ん? どうしたレイチェル」
ウエイトレスのレイチェルが小さく呼びかけながら、ランスの服を引っ張っていた。……何か言いたいことがあるのだろうか。
「……これを」
「ん?」
気がつくと、レイチェルの手には彼女の顔とほぼ同じ大きさの卵型の置物であった。深い緑色を内包するその置物は、美術的にもなかなかのものであるだろう。恐らく、素材はヒスイであろう。
ランスはそれを受け取る。
しかし、ランスはこの贈り物に何とも形容のしがたい感覚を抱いていた。
……なんというか、普通の物品とは本質的に異なる気がする程度の確証のない感覚であるのだが。
そして、瑠璃の方もこの不思議な卵を眺めている。
「少し、貸してもらっていいか?」
「あ、ああ」
ランスは卵を瑠璃に手渡し、瑠璃はじろじろと怪しい物でも見るかのように真剣な眼差しで卵を睨みつけている。
そして一言。
「……真珠姫の香りがする」
「……!?」
その発言を真正面からまともに受けてしまったランスは、全身全霊で瑠璃から身を引いた。
基本的にヒスイのような無機物、とりわけ鉱石には臭いがつかない。一般的には。
しかし、瑠璃は確かに言った。「香りがする」と。
だが、どうして彼はそういう発言をしたのだろう。……もしかしたら、本当に臭いがついてる可能性もあるかもしれない。
ランスはそう考え、瑠璃からそのヒスイの卵を預かると、その臭いを確かめるかのように鼻を近づけてひくひくと空気を吸い込んでみる。
しかし、何かの残り香がするわけでもなく、無臭だ。
「別に何の臭――」
瑠璃の香り発言に意見を述べようとしたランス。しかし、彼がそう発言しようとする中、それは起こった。
「!?」
ランスが手に持つヒスイの卵。そこから底知れない深いものがランスの感覚を包み込んだ。
青緑の湿った岩壁に伝う水、それが外から入り込む光を映し出して仄暗い鍾乳洞の中を照らして、鍾乳石が森のように立ち並ぶ涼やかな空間。それがランスの脳裏に浮かび上がり、今その場所にいるかのような幻想を抱かせる。
「い。……オイ!」
「……え?」
瑠璃に大声で呼びかけられ、ランスの意識はようやくドミナに戻ってきた。
彼の目には相変わらずヒスイの卵が映っているものの、さっきのような変な感覚は消えている。
「お前、大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫」
どうやら相当長い時間この卵を見つめ続けていたらしい。
端から見れば一種の変態である。
そして、ランスは今の変なイメージを手繰り直して、脳内に検索をかける。
キーワードはドミナ周辺の鍾乳洞。それは冒険好きなランスの中で結果が出るのは1秒すらかからないものであったりする。
「……メキブ、かな?」
「何がだ?」
ランスの呟きに瑠璃は疑問を抱く。無理もないだろう。
いきなり上の空になって意味不明な言葉を呟かれて、相手の精神状態に疑問を抱かない方がおかしいくらいなはずだ。
「たぶん、そこに何か手がかりがあると思う」
「…………」
瑠璃はついに閉口した。おそらく勝手にしろという意思表示なのだろう。
そしてそれを汲み取ったのか、ランスはレイチェルに告げる。
「それじゃあ俺たちは行くから、ドゥエルとかが来たら『ストーカー事件』の沈静化を伝えてもらっていいか?」
「…………」
レイチェルは無言で頷き肯定の意を示す。
そしてそれを見届けたランスは瑠璃を引き連れてアマンダ&パロット亭から外の世界に繰り出した。
客の往来を告げるベルが静かな店内に高らかに響き、静寂をレイチェルに返還してやる。
そうして、レイチェルにまた平穏な日々が訪れ、彼女はいつものように夕暮れにおける混雑に備えるのであった。
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あとがきに近いぼやき
次はメキブの洞窟に突入フェイズです。
瑠璃の性格を捕らえきれてない感覚がありますが、それはここから補填していくと言うことで容赦願いたいところですね。
それよりも、女主人公の出番は次以降になりますんで楽しみになさってくれれば嬉しいです。
それでは、まだまだ平和なLOMを続ける葎風でした!